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  • 台北栄民総醫院の施設紹介

はじめに

日本におけるAnesthesia care team(以下ACT)導入検討の際の基礎資料とするため、2011年2月、台北栄民総醫院(Taipei Veterans General Hospital、以下榮總) 麻酔部門における見学を行ったので概要を紹介致します。

1. 施設概要

【写真1】
台北榮民總医院の外観

榮總は、土地面積約30.4ha(東京ドーム約66個分)の広大な敷地に、外来棟を含むChung-Cheng Building、Shih-Yuan Building、Neuro Regeneration and Rehabilitation Centerの3つの病棟および研究施設、福利厚生施設が建ち並ぶマンモス病院で、1959年に開設された。「榮民」とは退役軍人を指しており、開設当初は、行政院直営の退役軍人およびその家族のための病院であったが、現在はすべての住民の診療を行なう台湾の最高水準の病院の一つとして知られている。榮民總医院は、台中、高雄など台湾全土に14施設あるが、台北榮民總医院は中心的病院として位置づけられている【写真1】。
2010年現在、病床数は2,926床、1日平均外来患者数は約8,000人、職員総数は、6,470人である。医療従事者数は、医師数1,106人(うち主治医445人、レジデント661人)、看護師数2,535人、パラメディカル及び管理スタッフ1,909人と報告されている。
併設される医学部はないが、国立医科大学である国防醫学院、陽明醫学院の教育病院となっており、多くの研修医が実践教育を受けている。台北栄民総醫院の前には国立台北護理(看護師)学院があり、卒業生は台北の看護の重責を担う者が多い。

2. 診療科

主要部門として24部門があり、各部門がいくつかの専門科に分かれている。
例えば小児部門には、一般小児科、小児心臓科、小児胃腸科、小児感染症科、小児免疫科、新生児科の6科があり、神経部門には、一般神経内科、神経血管科、末梢神経科、一般脳神経外科、機能脳神経外科、小児脳神経外科の6科がある。その他、ホスピス・緩和病棟(16床)があり、末期ガン等の患者を収容している。
院内の設備等は機能的に配置され、例えば、救急部門の設備としては、内科、外科、産婦人科、小児科、耳鼻咽喉科、眼科、歯科の診察室、急診・創傷処置室、観察室、小手術室等があり、ヘリカルCT、X線装置、内視鏡、超音波診断装置、検査室、屋上ヘリポート等が置かれている。

3. 手術部門

手術室は、3施設それぞれに設置され、主病棟のChung-Cheng buildingに26室、隣接するShih-Yuan buildingに12室、に8室の総数46室がある。Chung-Cheng buildingでは一般外科、小児外科および脳神経外科、Shin-Yuan buildingでは心臓血管外科や産科の手術が行われており、麻酔部門のスタッフが手術予定に沿って麻酔提供を担っている。麻酔提供に関わる麻酔看護師(certified registered nurse anesthetist, 以下CRNA)は麻酔部門に所属しているが、「機械出し」「外回り」に従事する看護師は看護部に所属している。手術室では、麻酔科医1名(その他レジデント複数名)、外科医(レジデントを含む複数名)、CRNA1~2名、手術室看護師2~3名(機械出し、外回り)がチームとなって医療を提供している。
患者搬入時:患者が搬入されたら、術前チェックリストを用い、患者のコンディションを最終確認する。麻酔科医が不在の場合は、CRNAが問診する。

【写真2】
麻酔導入室

麻酔導入時:麻酔導入の準備は、部屋担当のCRNAが事前に行っており、監督者であるCRNAが準備した物品や薬剤の確認を行う。担当麻酔科医が到着したら、挿管チューブのサイズや、薬剤量を最終確認および調整し、最終的な麻酔管理のプロトコール確認後に麻酔導入となる。麻酔科医が吸入麻酔の提供と気管挿管を行っている間、CRNAは麻酔深度に合わせ、ほぼ同時進行で静脈ルートや動脈ラインの確保を行い、静脈ラインから各種麻酔薬を投与する。同施設の特徴として、麻酔導入室を設置しており、患者の希望(特に術前の不安の軽減や術後の疼痛緩和)や手術進行に合わせ、スムーズな運営ができるなどの利点があるとの事であった【写真2】。
麻酔維持・管理
担当麻酔科医は、麻酔導入後の患者状態を確認し、(必要であれば)再度プロトコールを調整した後、他の担当患者の麻酔提供のために退室する。麻酔科医が退室した後は、CRNAが単独で呼吸、循環管理を含む麻酔管理を担う。
麻酔離脱時
手術進行に合わせ、麻酔離脱に向けた準備がはじまる。抜管のタイミングは麻酔科医が判断する。
患者退室時
必ず麻酔科医、CRNA、外回り看護師の3名が患者に付き添い、Post Anesthesia Care Unit(PACU)に搬送する。PACUではCRNAがPACUの看護師に対して申し送りを行う。申し送り後は、直ちに担当手術室に戻り、次の患者搬入のための態勢をとる。

4. 麻酔部門

麻酔部門は、麻酔科医39名、CRNA89名(「技術士」と呼ばれる新人CRNA13名を含む)、薬剤師3名、事務職員2名、その他3名の総勢136名で構成されている。先に述べた46室の手術室で全身麻酔、脳神経外科麻酔、小児と産科麻酔、救急部門や集中治療領域で外科患者のための麻酔サービスを提供し、月平均2,500症例の麻酔提供を行っている。また、国立陽明大学の薬理学研究所と共同で、様々な基礎的研究を行っている。
1)医師の活動
麻酔科医は、部長1名、主任2名、主治医19名、レジデント17名(39名)であり、基本的に屋根瓦式の管理体制を取っており、手術室の担当毎、かつ時間帯毎にfirst call(レジデント)、second call(主治医)が決められている。
麻酔部門の統括は部長が担っている。部長の下に2名の主任麻酔科医がおり、主治医と呼ばれる常勤麻酔科医が担当する手術室を監督している。主治医は19名で日勤、夜勤、休日の勤務をカバーしている。多くは主治医レベルで解決できるが、問題発生時には主治医と主任麻酔科医で対応する。
並列麻酔体制をとっており、CRNAとの協働の下、麻酔管理を行っている。医師が多い時は、主治医 1名当たり5~6室の手術室の監督を行うが、少ない時には、1名当たり10室以上の監督を行わなければならない。担当している手術室の監督を常に担っており、食事休憩等で主治医が不在になる場合は、必ず所在と、不在中にカバーする医師名をCRNAに告げていた。
レジデントは麻酔部門の研修医であり、平成23年2月14日現在、17名のレジデントが研修を行っていた。通常、主治医の指導を受けながら、2~3ヶ月の期間でローテーションする。麻酔管理中の問題発生時のFirst callになっているが、主治医不在の場合、管理中の指示や処方はできない。
2)CRNAの活動

【写真3】
小児の手術症例。麻酔科医と2名のCRNAが麻酔管理を担当する。
中央で麻酔器を確認しているのが麻酔科医、手前の2名がCRNA。

麻酔部門に所属する全ての看護師がCRNAの資格を有しており、各手術室に1名(小児症例の場合は2名)が常駐し麻酔導入および導入後の患者管理を行っている【写真3】。
看護師の組織は、看護部から独立しており、看護部長に相当する師(一)級護理師と呼ばれる管理者を筆頭としたラインとなっていた。麻酔部門には1名が所属しており、彼女も30年以上のCRNAとしてのキャリアを有していた。
看護師長に相当する師(二)級護理師は、麻酔部門に5名所属していた。彼らは主に、監督者として各手術室のCRNAをカバーするほか、日常で麻酔提供にも従事していた。
主任看護師に相当する師(三)級護理師は麻酔部門に4名所属していた。麻酔提供と麻酔管理に関わる他、師(二)級護理師同様、各手術室のCRNAを監督しカバーしている。
護理人員とは役職を持たないCRNAであり、57名が麻酔部門に所属していた。うち3名はPatient control anesthesia (PCA)専従のCRNAであり、専属薬剤師3名とともに患者の診察や術後の疼痛管理に関わる処方を担当していた。中でも新人CRNAは技術士と呼ばれて区別されており、麻酔提供および管理の際は必ず先輩CRNAとともに実施することが義務付けられていた。

【写真4】
人工心肺の操作を担当していたCRNA。
彼女は東京女子医大で人工心肺の操作に関する研修を積んでいた。

その他の職種として、PCA専属の薬剤師3名、事務職員2名、医療助手に相当する職員3名が勤務していた。台湾には臨床工学技師がいないため、CRNAや臨床検査技師が人工心肺の操作を担当していた【写真4】。
台湾でCRNAは1959年に導入された。現在は看護師の中でも「花形」的存在であり、人気が高く勤続年数も長い職種である。CRNAになるためには、国家が認める看護師免許を有する事、臨床経験が1年以上あることなどが条件となる。
教育は、国家が認定する医療施設で行われ、教育期間は施設によって若干異なる。教育課程を修了したら、認定資格が付与される。
2010年6月現在、教育改革が進行中であり、近い将来、大学卒業、専門修士課程の修了がCRNAになるための要件となり、資格も国家資格化になると考えられる。

5. ACT活動の実際

【写真5】
麻酔専用のカート。
上段トレーの中には患者の麻酔薬や挿管準備がされている。

台湾のCRNAの主な業務は、ACTの一員として麻酔提供と術中の麻酔管理を中心とした周術期管理を担うことである。周術期管理体制は以下のとおりである。
まず、事前に担当麻酔科医と患者情報の共有とプロトコールの確認を行い、手術に必要な麻酔薬をはじめ、術中管理に必要な薬剤の準備を行う【写真5】。

【写真6】
麻酔導入開始前の最終確認。右が麻酔科医、左がCRNA。

次に、CRNAが中心に患者搬入に携わり、患者の不安の軽減や、麻酔導入前の患者確認、患者準備を担う。麻酔科医が到着したら、両者で患者確認、麻酔薬の確認を行った上で、麻酔導入を開始する【写真6】。

【写真7】
麻酔導入時。右が麻酔科医、左がCRNA。
CRNAは麻酔深度を確認しながら、麻酔薬を投与していた。

今回見学した症例では、麻酔科医が吸入麻酔を開始したと同時に、CRNAが末梢血管確保を行い、麻酔薬の静脈内投与を行いながら、気管挿管の介助を行っていたが、場合によっては麻酔科医の監督の下、気管挿管、腰椎麻酔、硬膜外麻酔などを担当することもある【写真7】。

【写真8】
手術室で勤務する職員全員に、病院から提供される昼食

麻酔導入が終わると、麻酔の維持・管理に関するプロトコールを麻酔科医と共に確認し、その後の管理はCRNAが担う。麻酔科医との協働については、先に述べた通りであり、術中の患者安全に細心の注意を払っていた。また、麻酔記録や医事関連の書類をまとめる事も重要な役割であり、CRNA達は手際良く任務を遂行していた。
その他、麻酔部門の管理体制は独特であり、どのような麻酔管理においても定期的に休憩をとることがルールとなっていた。これは、集中力が途切れるのを防止し、事故発生のリスクを避けるための配慮との事であった。1回の休憩は15〜30分であり、休憩中はフリーのCRNAがカバーしていた。余談であるが、同病院の手術部手門全体が病院経営上多大な貢献をしているとのことで、手術室に勤務する職員全員に病院側から昼食が無料提供されていた【写真8】

おわりに

ACTは、術中の麻酔関連事故の軽減とともに、患者安全に寄与する事が知られています。海外の諸事情から勘案すると、ACT体制は、今後、世界的スタンダードになると言っても過言ではありません。それぞれの職種の立場から、ACT導入の是非について再考する必要があると考えます。
※聖マリア学院大学看護学科 基盤臨床看護学領域 滝麻衣先生よりご提供いただきました。


■台湾の代表的な医療機関、財団法人 海外法人医療基金HP:http://www.jomf.or.jp/
■台北榮民總醫院HP:http://www.vghtpe.gov.tw/index.jsp